「アートで飯を」 名古屋芸術大学同窓会誌に掲載2002年
今年の5月に日本で二つの展覧会を終え、今はイタリアに戻ってきました。ローマから不景気な日本へ650kgの作品等を空輸して、どんな個展になるか心配していたのですが、画廊やオーガナイザーの活躍で、大方の作品の行き先が決まり、驚くやら安心するやら。
「アートでどのように飯を食っていくか?」名芸大・彫刻科で教えた2年間(97〜99年)で、多くの学生・OBから難しい、そして切実な質問を受けました。アーティストとしてのベースは自分の才能を自問自答することから出発し、更には企画力、表現力、独創性等のトータル的な要素が加わってきます。
しかし、技術を中心に教える日本の美術大学では、感覚的なアートが学びづらいのと、日本的な上下関係の強い美術団体・師弟制度では才能がつぶされやすく、文化より経済、実力より肩書きを優先する社会ではアートが育ちにくいハンディがあります。それなら今の日本より文化に力を入れている国でならアートで飯が食えるのかというと、残念ながら外国も同様か、または日本に無い別メニューの難題が待ち構えています。
個人個人でアートの進み方や生活環境が違うし、食っていくことの方程式などが無い世界なので、学生達の質問に一言で答えられない難しさがありました。バブル時に調子に乗って多くの借金を残して廃業した作家(?)を例に取るまでもありませんが、売れ筋や流行の作品を作るのではないので、売れないのが当たり前の世界なのです。
サロンの落選から始まった印象派の作家たち。生前は1点も作品が売れなかったゴッホ。偉大な先輩たちの足跡を辿ると、食う問題よりも『姿勢』の問題が優先され、三度の飯より制作が好きなこと、コピーや亜流の作品ではなく世界に一つしかない「自分のオリジナル作品」を目指す自覚。そこが出発点にならないと、まだまだ我々の悩みは、そのレベルにたどり着いてないアマチュアなのかもしれません。
Roma 加藤朝美