Pris35 モネの庭
モネの晩年過ごしたジヴェルニーの家はパリから特急電車で1時間ほどのところですが、お気軽に行き過ぎた(なめていた !)為に行き先の最終駅名が判らず、飛び乗ったらそれは各駅の上、4駅手前で止ってしまう電車。別世界のような町で2時間待ち合わせ、乗り継いで4時間半かけてたどり着きました。
気持ち的に遠かったジヴェルニーに着くと感激は大きく、モネの作った庭、モネの住んだ家、モネの作った池、そしてモネが描いた睡蓮 !!! 激写、激写、激ビデオ。花の多さとその多彩な色、池に映る柳の縦の線と群生する睡蓮の丸の組み合わせ、まさにモネのキャンバスの中…、作家が直にインスピレーションを受けた場所を見られて、本当に感動の1日でした。
夕方、疲れた帰りの電車は満員。家に帰ってから冷静に考えてみると「あの花の庭ってローマにもっと立派なのがあるよなぁ」とか「練馬区の石神井公園にある睡蓮の方が立派だった気がする…」、ぼくもブランド物に弱いのかもしれない…?
Paris36 輸送トラブル
展覧会の度に大なり小なりのトラブルがありますが、一番の打撃は作品輸送で作品が期日までに届かない事で、海外の展覧会準備の中で作品輸送が大きなウエイトを占めます。作品が壊れても、案内状・カタログが間に合わなくても、徹夜の修理や自分が動く事で展覧会は開催できますが、作品が会場に届かない事には展覧会はありえず、ガラーンとした会場で口下手な彫刻家が唾を飛ばして、目の前に無い作品の形を説明するほどバカバカしい事はありません。
今までも箱根の彫刻の森で高村光太郎賞展に出品した作品の一部の石畳が香港で止まってしまい、最終設置に間に合わずにセメントで代用をしたり、山形の展覧会にメインの作品が輸送途中で消えてしまい、何回もの国際電話の末にオープニングの当日にブリュッセルから届く綱渡りを演じました。
1988年の渋谷の個展も美術品海外持ち出し許可事務所のストライキで書類が揃わないことで運送屋が動けず、最終的には作家本人の超過荷物として自ら全部持ち帰えるリスクも負いました。成田の税関で作品を積んだ何台ものキャスターを並べたら、係官の人が長い時間無言だったのも可笑しかったけど、出迎えの人が注目する到着ロビーで何度もキャスターを持ってぼくが出口から登場してくるシーンも滑稽だったように思います。
Paris37 チップ
フランスに来たらその習慣が違うのではないかと神経質になり、チップの置き方がイタリアに住み始めた頃のように迷いが出てきています。と言うよりも、10%程度を置いていく場所とお釣りの端数を置いていく場所とのまだ区別が出来ていないのが正直なところです。その5%を国に払うかウエイター個人に払うかの違いがありますが、最近、日本でも消費税がある事で価格+チップの感覚が解かりやすくなったのではないかと一人で想像しています。こちらではお客様は神様ではなく、同じ平等の人間なのでサービスは「貢物」ではなく、価格以上のサービスや、価格以上の満足度にはチップの形で直接それを表します。ぼくのイタリア人の友達にも安い基本給でチップの額で普通の給料になっているので、その辺の気持ちが判ります。
今日、シャンゼリゼーのバージン・カッフェで2杯のコーヒー(40フラン)に、2倍の額の請求書をウエイターが持ってきました。泥棒に追い銭的に何も解からなかったら、それに10%のチップを付けてテーブルに置いて立ち去り、彼の懐には50フランのチップが転がり込みます。ここで推理をすると、コーヒーと一緒に持ってきた請求書みたいなモノをゴミ箱に捨てた事(多分あれがぼくらの40フランの請求書)、払う段階にあっという間に持ってきた請求書(前のお客がお金とともに置いていった手頃な額のモノ)が、事件の始まりを感じさせる鍵でした。〔次回に続く〕
Paris38 チップ2〔続き〕
ウエイターはぼくらがお金を置いて立ち去るまで、なかなか近づかないし、近くを通っても目をそらす。やっと呼び止めて「この会計はぼく達のものではない」と言うと、「これはダブルコーヒーだから」「じゃあそのダブルってこのメニューのどれ?」とコーヒーの欄を指差すと、すっと無表情に請求書を持っていってしまいました。オーダーがコンピューターでシステム化されているから、マネージャーみたいな女の人が来て、キーを打ち直してやっと40フランの請求書が届きました。
勿論、ぼくらが不快な思いをしたのでチップは無し、これが必ず払う消費税とは違うところで、これが普通の観光客だと腹を立てても律儀にチップを置いてくる所が、基本的なチップの意味が解かっていないのかもしれません。パターンは違うけどこの手はイタリアの高速道路のガソリンスタンドが使うやり方。これはオーナーに隠れてやるから小道具の準備や店員の共同作業が必要とされ、クレームがつくとトラブル前、つまりオーナーの耳に入る前に速やかに対処してくれます。そもそもぼくらが観光客の多いシャンゼリゼー通りに行ったのが間違いの元、更に日本に居たら行く気も起こらない「Lo・寿司」と言うパリで初めての回転寿司に行き、ローマの日本人の友人に自慢しようと思ったのが天罰でした。
Paris39 大道芸人
地下鉄の乗り換え通路や車内で必ず、と言ってよいほど生演奏の音楽が流れてきます。「大道芸人」と今までの感覚で言っては失礼なほど良い音を出し、そして演奏に色々な工夫がなされ、ギター、バイオリン、アコーデオンのスタンダードな楽器から、チェロ、ハープ、それに見たこともない楽器を使った演奏が行われています。たまに自分の演奏したCDを売っているし、イタリアみたいに下手なのが居ないのが不思議でした。
その疑問をパリに長く住む友達に聞いてみたら、大道芸人には許可制になっていて100フラン払ってオーディションを受け、パスした人のみ公道等で演奏できるシステムに成っています。それから注意してみていると彼らの胸や楽器ケースに写真と名前が入ったパスを持っていて、もしパス無しで演奏すると罰金を取られるそうです。日本のストリート・シンガーって言うの? ぼくの学生にも居るから応援しているけど、中にはこちらの歩調が狂わされたり、声を伸ばす所で伸びない歌なんかは、歩きながら聴いているこちらまでが一緒に息を止めてしまうような下手もいるので「もう少し自分の家か、カラオケボックスで歌い込んで来いヨ」とオーディションの必要性を感じます。
・ 追伸:これを書いてからすぐに地下鉄に乗ったら、地下通路で何と「お琴」の音色。日本だったらこの後に「日本橋三越からおせち料理のご案内」が入るパターン。その音の方に歩いて行くと、日本人と思える人がやはり許可書のカードを持って琴を演奏していました。少し驚いたけど、究極の驚きは「雅楽」の演奏を地下鉄内で見るまで仕舞っておく事にします。
Paris40 語学の天才
流暢な英語なのでイギリス人と思っているとデンマーク人、オランダ人だったりし、ここに住む作家たち特にヨーロッパ系の作家は数ヶ国語が話せ羨ましく思います。会話以上に交渉や契約が出来るレベルに至り、国際的な作家活動に完全に有利になります。「クソッ!(畜生)」の言葉だけ8カ国語も知っている、というぼくの低いレベルを何とかしなければなりません。
先日、しのぶと話していたんだけど、日本語でちゃんと会話が出来ず、話す内容がつまらない人は、もし英語やフランス語が堪能でも、母国語同様に話す内容は退屈なモノになります。つまり、思考能力や話の組み立てが「ソフト」としたら、語学は「ハード」にあたり、例え性能の良いパソコン(語学力)を持っていても、ソフト(会話の内容)が貧弱だと、ただCPUの反応が早い(口数が多い)だけで使えないパソコンになります。
ぼくも語学と並行して日本語での知性・相手の話を良く聞くマナー・難しい事を解かりやすく説明できる技術等も高めなければならないけど、元々ハードディスクの容量が小さいのでもう入力が難しく、最近はモニターも老朽化し上に、「和辞書ソフト」も30年バージョンアップされてないし、文字化けも…。
Paris41 案内状とポスター
昨日、日本からフランス語の案内状とポスターが届き、日・伊の両文化会館に持って行ったり、新聞社等への郵送を始めました。今回のポスターと案内状は山形、名古屋の展覧会でもデザインしてくれているY君によるもので「パリジェンヌがクラクラッ…となるポスター」と言っていたけど、受付の女性たちはデザインを誉めてくれたけどクラクラしてなかった気がする。
普通なら西洋風、イタリア的にまとめるのですが、漢字が新しい今のパリならではのデザインで「加藤朝美彫刻展」と大きく日本語が入っています。展覧会は始まる前の準備が重要で、実際に始まったら画廊の人に任せて自分は旅行に出ても良い位な感じです。日本の場合はコレクターや友達が見に来てくれるので、会場に居る方が挨拶できるので毎日出勤(?)しますが、本来はこちらからお土産を持って挨拶に行かなければならない人たちが、向こうからお祝いのお菓子等を持ってきてくれるので恐縮してしまい、最近は歳と共にそれに味を占めています。
Paris42 日仏伊
パリを見ていて色々な意味で比較をします。その対照が日本だとあまりにもギャップが大きすぎて、街並みや文化レベルでは日本を酷評し、事務的な能力では仏人に呆れてしまい、判断が適切ではなくなってしまいます。そこで近いようで遠い、似ているようで似てないイタリアとフランス、フランス人とイタリア人で比較すると、双方の歴史的な流れや文化の違いが面白く見えてきます。
でもフランス側のメンタリティ・ファッション感覚・食をコメントするには、今までの本で読んだ知識や又聞きなので、自分の生の体験から出た情報が少なすぎるので判断が偏るので問題ですが、公共マナーは完全にフランス人の方が良く、郵便局・銀行は勿論、昼時に混むパン屋や小さな店にも列を作って順番を待ちます。順番がわからない時は譲り合うので、イタリアで培われた精神「抜かされないぞ」と気が張っているぼくなんかは、順番を譲られて拍子抜けをしてしまいました。混雑した駅でもぶつかったり靴を踏んだりしたら、ちゃんと謝るので感心し、電車やバス内も静かな声で話し、たまに騒々しいとサッカーの応援団か、イタリア人観光客だったりします。
さて今日、親友のセレーナ達がローマからパリに到着しました。明日から3日間も一緒に行動を共にしますが、今までは第三者的に伊語を聞いているだけでしたが、今回は地下鉄内で一緒に大声で喋る事もあるし、買い物も一緒にするので、色々と心配な部分が増えてきています。